2007年7月24日

生と死

6月に99歳になる祖母が病院を移動した。
系列病院内の移動なのだが、以前の病院はヘルパーさんもたくさんいるケア型の病院で、今回移動したのは一般病棟の普通の病院。
それなりにヘルパーさんはいるけれど、圧倒的に気にかけてもらう回数は減ったに違いない。
移動して1週間目は以前と変わらず普通に私を認識して会話も成立していたのだけど、2週間目に入ったところで『ん?ちょっとおかしいのでは・・・。』と思っていたら、あれよあれよという間に、私のことが解らなくなり、次いで会話ができなくなってしまった。

当然食事も自力でできなくなり、(以前病院ですでに流動食しか受け付けなくなっていたのだがまだ自分で飲んでいた)先生から相談があるのでと呼び出しを受け、結局鼻から胃へカテーテルを通して強制的に流動食を流し込むことに。
祖母は以前から延命措置や治療は絶対に要らないといっていた人だけど、ひょっとして栄養を強制的に摂ることで持ち直して意識もはっきりするのではないかとかなり期待してその措置をしてもらうことにした。だけど、2週間3週間と経過しても一向に良くはならずいつ行っても夢うつつのような状態。
最初に、強制的に流動食を流し込む措置も長い間できるわけではなく、その後は胃に穴を開け流動食を入れたり、静脈から高栄養の点滴をすることになりますとの説明は受けていたのだけど、果たしてそれは延命措置を望まない祖母の望むところか否か、6月下旬からつい先日先生に2度目の呼び出しを受けるまで毎日ずぅ~っと悩み続けた。
今してもらっているカテーテルによる栄養補給(あえて食事とは言わない)を止めるとその先にあるのは老衰による『死』だ。
だけど、鼻からの次は胃に直接、果ては静脈点滴。
これで、普通に食事が摂れるように戻るというなら考える余地はあるけれど、先生自身も多分そういうことはないだろうみたいなことをおっしゃる。
なら、日に何度もカテーテルを抜こうとするため手を縛られながらする栄養補給に意味はあるのか?
その行為を受ける祖母に人間としての尊厳はあるのか?
私自身が当事者なら絶対にそんな道は選ばない。
多分祖母もそう言うだろう。
結局そういう結論に達し、先週の土曜日先生に呼ばれたときに『これ以上の処置は結構です。』と伝えた。
その話が済んだ後、病室の祖母のもとへ行くともう数週間私を認識していなかった祖母が目を開けて私に『見えてるよ。』と一言。
その後すぐまた寝息をたてはじめた。
あの『見えてるよ。』は一体何だったのかは解らないけど、なんとなく『間違っていないよ』って言ってもらえたような気がしたのも確かだ。

昨日会社帰りに祖母の病院へ寄った。
すでにカテーテルははずされていて、以前の苦しそうな表情もなく、綺麗な顔だった。
祖母は、今現在も私より少し軽いくらいの体重だと思われるので、老衰になるまではまだまだ時間があると思う。
ベッドサイドのテーブルにもウィ○ーインゼリーのような高カロリー食が置かれていたので、多分少しは食べてるのだろう。
何れにしても、私ほど長い寿命はないだろうけど、一生懸命生きている祖母はまだまだがんばってくれそうな気がしている。

コメント

99歳なんですね、おばあさま。
私もこねこさんと同じで、強制的に栄養の補給をしてまで生きながらえたいとは思わない。
こんなことを書いたら誤解を生むのを承知で書くけれど、たとえ流動食でも自分で飲んで家族も認識できて喜怒哀楽がわかるならばいいけれど、家族と認識できなくても人とお話しする楽しさを感じてくれればいいけれど、つらい思いをしながら命だけつなぐというのは、すでに人としての尊厳などないよね・・・
おばあさまも、最後まで人として生きていたいと望んでいるような気がするわ。
こねこさんのおばあさまだもの、こねこさんと同じ気持ちだと思う。

どうして移動したのかな?って思ってしまいました。^_^;
たった2週間で会話ができなくなるものなんですねぇ~
ちょっとショックです。

99歳。私の父も大正3年生まれだから90歳を過ぎています。
だから他人事じゃない。
父も一度2週間ほど入院してから本当に足が弱くなったと言っています。
今は一所懸命自分からリハビリして、頑張ってます。
頭もしっかりしていて、私よりも記憶力がいいくらい。
でもやっぱり日ごと、少しずついろんな変化が起こっているようです。
他人事じゃないんですよね。
おばあさん、今どう思っているんだろう。

> 沙羅にゃん
自分の選択が一人の人間の生き死ににかかわることになるから自分の中だけで消化できなくてここに書いてしまいました。
書くことで頭の中も整理できて辛さも軽減されたような気がします。
これから先自分の父母の時もそうやって選択しないとならないのかなぁって思うとちょっと辛くなりますが、多分きっと殆どの人はそういう風に考えるんじゃないかなぁとも思うのです。

沙羅にゃんの言葉もとても嬉しかったです。

> Yossyさん
移動はもう何回も経験してたのでこんなことになるとは思ってもみませんでした。
でもね、看護婦さん曰く、高齢になればなるほど環境の変化に対応できなくて祖母のようになっちゃう人多いんですって。
周りが気をつけてあげないといけないですね、やっぱり。
祖母は多分もう普通に会話できないだろうから、彼女の気持ちを確かめることはできないだろうけど、しっかりしていた時に言われていたことを実行したことで多分満足してくれたのではないかなぁって考えることにしました。
Yossyさんもお父様もいろんな面で気をつけてあげてくださいね!(願)

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